2017年1月現在、アメリカでは原題『The Humanity Bureau』というSF映画の制作が進行中だ。
撮影が開始されたのは去年、「VR元年」となった2016年の11月である。
監督はロブ・W・キング。僕たち日本人にはあまりなじみのない名前だが、アメリカではおそらく結構知られた名前だろうと思われる。テレビ映画やドラマのディレクターとして活躍してきた人物だ。
彼が今回、劇場用映画のテーマとして選んだのは「地球温暖化」。温暖化によって砂漠化が進んだアメリカ中西部で起こるドラマを描く――そんな内容の映画になるらしい。
主演はその名も高いハリウッドスター、ニコラス・ケイジ。
近年のフィルモグラフィはあまりパッとせず、“キャリア低迷期”に入っている感があるけれど、1990年代には『リービング・ラスベガス』(1996)、『コン・エアー』(1997)、『フェイス/オフ』(1998)など、立てつづけに傑作に出演していた。
特に、ジョン・トラヴォルタと共演した『フェイス/オフ』は、僕がこの地上で最も愛する映画のひとつだ。マジメなFBI捜査官(トラヴォルタ)と凶悪なテロリスト(ケイジ)の顔が手術によって入れ替わる(!)ところから始まる壮絶な死闘を描いた、ハードで美しいアクション映画なのだ。
また、『リービング・ラスベガス』では破滅的なアル中の脚本家を見事に演じきって、その年のアカデミー主演男優賞を獲得している。
好きな作品に出ている俳優なだけに、『The Humanity Bureau』が彼の“復帰作”になることを期待したい……。
と、これだけだと単なる「新作映画紹介」だが、もちろんこの文章のテーマはそこにない。
『The Humanity Bureau』は、VRのテクノロジーを活用した作品である。
現在、映画のヴィジュアルに関してはあまり多くが発表されていないが、少なくとも次の情報が僕のもとに入ってきた。
○映画はバルコ・エスケープという方式で上映される。
○一部にVRが活用される。
「VR+バルコ・エスケープ」
それが、今回のテーマである。
映画の没入度をより深めるための2つの技術が、『The Humanity Bureau』という映画には使われているのだ。
バルコ・エスケープとは?
アベル・ガンスという映画作家がいる。
1889年、フランス生まれ。「映画」が誕生するより少し前にこの世に生を受けたこの男は、情熱と克己の作曲家の愛と苦悩を格調高く描いた『楽聖ベートーヴェン』(1936)など、後世に残る映画を残しているが、彼がその映画的な欲望を最もそそいだのは、フランスの英雄ナポレオンを描く壮大な大作映画だった。
長い年月をかけて撮影したその作品は全編12時間という驚異的な上映時間もさることながら、上映の形式が非常に特殊だった。
アベル・ガンスは「3面スクリーン」を採用したのである。
スクリーンを3面用意し、ちょうど観客は正面のスクリーンと、斜めにせり出した左右のスクリーンに囲まれるようなカタチになる。ナポレオンが疾駆する戦場の迫力あるシーンに飲み込まれるような効果を、ガンス監督は狙ったのだ。当時、この形式での上映は「シネラマ」と呼ばれた(シネマ+パノラマである)。
なぜこんなことを長々書いたかというと、『The Humanity Bureau』が上映形式として予定している「バルコ・エスケープ」という上映形式こそ、まさしくアベル・ガンスが『ナポレオン』(1927)の上映に活用したシネラマに起源を求めることができるものだからである。
2014年に実用化されたバルコ・エスケープは、アメリカ、メキシコ、ベルギーではすでに導入している映画館があり、『メイズ・ランナー』(2014)や『スター・トレック BEYOND』(2016)は実際に一部が3面スクリーンで上映されている。
日本の映画館ではまだどこも導入していないので、もちろん僕らはまだ実際にこの驚異の映像に触れていないわけだが、それがすばらしく没入感の高まった映像になるのは間違いない。
ネット上では『スター・トレック BEYOND』の“バルコ・エスケープ版”の予告編が公開されており、僕たちでもその雰囲気を味わうことができる。
『The Humanity Bureau』は没入度200%の映画になるか!?
そんなバルコ・エスケープを、VRとともに取り入れているのがロブ・W・キング監督、ニコラス・ケイジ主演の新作映画『The Humanity Bureau』なのである。
アベル・ガンスが『ナポレオン』を撮影した頃から見れば、比べ物にならないほど進化した映像技術――おそらくCGIをふんだんに使って描かれる、致命的に温暖化が進んだ地球。
そこで起こるスペクタクル感たっぷりのドラマ……。
バルコ・エスケープは、その迫力を増し、没入度を高める役割を果たすだろう。さらに映画の一部にはVR技術が導入され、没入度はさらに高まるとのことだ。
どのようなカタチの完成品になるのか、今のところは霧に包まれている状態だが、「VR+バルコ・エスケープ」というふたつの技術をぜいたくに使った『The Humanity Bureau』が“没入度200%”の作品になることを、今は期待したい。