発表されたのは、例によってけっこう前(2016年7月頃)だったのだが、注目すべき情報ということで紹介してみることにした。映画『スター・ウォーズ』シリーズの「影の主役」ともいうべきダース・ベイダーを主人公にしたVR映画の制作が発表されているのである。
「SW新3部作はアナキン・スカイウォーカーの物語だったじゃないか」
そう言う人もあるだろう。確かに、エピソードⅠからⅢまでの新3部作(1999~2005)は、のちに暗黒面に落ちてダース・ベイダーとなるジェダイの騎士アナキン・スカイウォーカーの青春と破滅を描いたパートだった。
しかしあの3部作では結局、ベイダー卿の誕生が描かれただけだった、とも言える。
独特の呼吸音を発する不気味なマスクをつけ、黒ずくめの姿で帝国軍を率いて宇宙を支配する、悪の全盛期の時代は、いまだに映像化されていないのだ。
そういう意味で、今回の試みは非常に挑戦的なものであるといえるだろう。
制作を担当するのは、惑星タトゥイーンに不時着したジェダイの騎士になりきってライトセーバーを振り回せるというVRゲーム『Star Wars:Trials on Tatooine』の制作も行っているILM×LAB。ここは、何を隠そう『スター・ウォーズ』の生みの親であるジョージ・ルーカスが作った会社、ルーカスフィルムのVR部門だ。
『Trials on Tatooine』はルーカスフィルムが贈るVR作品らしく、細部にわたるこだわりが垣間見られる印象的なコンテンツだった。その手腕が、今度はおそらくゲームのプレイヤーとしてでなく、ストーリーを鑑賞し、「体験」できる観客として楽しめるVR映画に発揮される、ということらしい。
この作品、完成はおそらく2年ほど先になるということで、今のところはちょっとしたイメージヴィジュアルが公開されているだけだが、そんな現在でも「VR映画」と断言できる理由はちゃんとある。
というのも、この作品には「脚本家」としてデヴィッド・S・ゴイヤーという人物がクレジットされているのである。
ダークでシリアスなSF作品ならこの人!デヴィッド・S・ゴイヤーとは誰か。
映画脚本家にして数本の監督をつとめ、アメリカンコミックの原作も手がけるクリエイター、それがデヴィッド・S・ゴイヤーだ。1990年代からキャリアをスタートさせているが、映画ファンにとっては特に2000年代に入ってからの活躍が印象的だろう。
2005年、『バットマン ビギンズ』に始まり、2008年には2作目の『ダークナイト』が社会現象を巻き起こした「新生バットマン」シリーズの原案や脚本にクレジットされている人物なのだ。ダークで、シリアスで、とてつもなくクールな作品群の奥深いストーリーの根幹には、このゴイヤー氏の頭脳が存在していたのである。

「新生バットマン」シリーズは単純な勧善懲悪ではなく、むしろ『ダークナイト』で「最凶の敵」として登場したジョーカーに代表されるように、おぞましいけれど目が釘づけになってしまう悪の魅力とでもいうべきものを描ききっていた。主人公のバットマンよりもヴィラン(悪役)たちの印象が強烈に残る、クリエイターたちのなかにはむしろ彼らに対する共感すらあったのではないかと思わせるほどの作品だった。
と、そんなゴイヤー氏が、映画史上最も有名な悪役といっても過言ではないダース・ベイダーを主人公に据えた作品を手がけるというわけで、SWファン、映画ファンとしても無視できない情報となっているのである。
それに、もちろんVR関係の情報としても見逃せない。
おそらく悪の魅力が宇宙的規模でダークに、シリアスに、クールに、ソリッドに描かれるのであろうベイダー卿を描く映像作品が、VR映画として登場する――これは素晴らしい。

観客がどういう立場でベイダー卿のいる世界を「体感」することになるのかはまだわからない。しかし、シュコーッ、シュコーッという例の呼吸音が耳もとで聞こえる距離で悪の世界の真っただ中に放り込まれるというのは、きっとスリリングな「体験」に違いない。