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アカデミー賞監督が手がけるVRドキュメンタリー映画、2017年に公開予定

ドキュメンタリー映画VRでフィクションとしての映画を描くことについて、VR元年にあたる今年2016年、スティーブン・スピルバーグはちょっとした警鐘を鳴らした。「伝統的な映画のカタチを、もしかしたら壊してしまうかもしれない」と。
「VR映画」は、観客がいわばスクリーンのなかに飛び込んで、その世界を自由に見回し、もしかしたら歩き回ることすら可能になる。

そうなると、監督が見せたい場面が進行している間に別のところを見てしまったり、向こうで大事件が起きているのに別の場所に立っていたりすることになるかもしれない――それでは、「物語を描く」ことなどできなくなってしまうのでは?というのが、スピルバーグの言いたいことだったはずだ。

キャスリン・ビグロー『カルテル・ランド』

一方、ノンフィクションのドキュメンタリー映画ならどうだろう?
ドキュメンタリー映画のカメラがその目を向けるのは、基本的には現実そのままの世界だ。監督の意図を伝えるための演出が入る場合もあるが、そこで描かれていることは「物語」ではない。リアルだ。

ドキュメンタリー映画を観るとき、僕たちはおそらくフィクションの映画を観るときよりも多くのことを考える。
ドキュメンタリー映画の多くが、現実にある「厄介な問題」を題材にするからだ。

たとえば、今回の記事に登場する映画監督のキャスリン・ビグローは2015年、メキシコの麻薬問題に関する『カルテル・ランド』というドキュメンタリー映画の製作総指揮をつとめた。

この映画は、悪辣な麻薬カルテル(ギャング)の横暴に業を煮やした地元住民が銃をとって立ち上がるが、やがてヒーローである彼らのなかにも「悪」と呼ぶしかないものが芽生えるという戦慄の、そして現実の問題を描いた。
それがリアルな問題であるからには、「所詮、映画はフィクションだから」ということでは片づけられない。
「自分があの場に実際いたら、どうするだろう?どう感じるだろう?」と考えずにいられない。

だとするなら、「VRドキュメンタリー映画」が成立するとき、それはよりドキュメンタリーの持つ効果を高めるものになるのではないだろうか。

密猟者から像を守るレンジャーを描く『The Protectors:Walk in the Ranger’s Shoes』

アフリカ大陸の中央部に位置するコンゴ民主共和国。この国は、隣国の南スーダンとの国境近くに広大なガランバ国立公園を擁している。アフリカの雄大な美しい自然のなかにさまざまな野生動物の姿を見ることができる公園で、世界遺産にも登録されている。
しかしこの国立公園、過去にはキタシロサイを絶滅寸前に追い込んだほど、密猟者が多く入り込む公園でもある。現在では、象牙を目的とする密猟者たちが多いといわれている。
密猟者たちは象を撃ち、象牙をとっていく。

The Protectors:Walk in the Ranger’s Shoes2017年4月のトライベッカ映画祭で世界初公開されることが決まっているVRドキュメンタリー映画『The Protectors:Walk in the Ranger’s Shoes』は、この公園で密猟者と戦うレンジャーの姿を描く作品だという。レンジャーたちは銃をとり、密猟者たちと文字通り命がけで戦い、誇りある国立公園と、そのなかにある生態系を守っている。

ささやかな装飾品や細工品のために、象を無慈悲に殺すのは許されるのか――それも世界遺産に指定されている国立公園で?
『The Protectors』は、そのことをVR映画というカタチで世界に問いかける作品になるようだ。
制作にあたったのは、上述のように、映画監督のキャスリン・ビグローだ。
さらに、これまでにもVRを活用した「環境映画」を制作してきたクリエイターや制作プロダクションが参加し、かなり力の入った作品に仕上がっているようだ。

キャスリン・ビグローは1980年代から注目されてきた映画監督ではあったが、その才能が一気に花開き、万人に認められる監督として知られるようになったのは、2008年のアカデミー作品賞を受賞した『ハート・ロッカー』が公開されてからだ。

イラク戦争の戦場で爆発処理にとりつかれた兵士の悲喜劇を、リアルで武骨な映像のなかに描いて絶賛された。ゼロ年代の戦争映画の傑作と言われる作品である。
さらに2012年には、アメリカ軍によるオサマ・ビン・ラディン暗殺を冷徹なまでのリアリズムで描いた『ゼロ・ダーク・サーティ』が高く評価された。

アメリカにとっての今日的な問題をリアルに描く近年の作風は、そもそもドキュメンタリー的であるといえる。
彼女が手がける最近の映画は単純なフィクションにとどまらず、おそらくあえて、結論を明示しない。
特に『ゼロ・ダーク・サーティ』はわかりやすいカタルシスを描かず、僕たちに「考えろ」と突きつける作品だった。

Kathryn-Bigelow『The Protectors』は、そんな彼女がつくるVRドキュメンタリー映画だ。
周囲360度を、おそらく圧倒的な現実が取り巻くに違いない。そしてフィクションを超えた現実だけに、「考えろ」という声もより激しいものになるだろう。
一般公開はまだまだ先だろうが、今から身震いする思いである。