VR元年(2016年)に本格始動したVRは、人が映像を見る体験を根本的に変えるチカラを持っているということで、これまで多くの映画監督やプロデューサーがそれぞれの立場から自分の考えを述べたり、いち早く自分たちの作品づくりに取り入れたりしている。
ところで、彼らが制作する映像作品に欠かせない俳優たちは、VRというテクノロジーについてどう考えているのだろうか?
現在、「VR映画」の制作を進めているという映画監督スティーブン・スピルバーグは、2016年5月のカンヌ国際映画祭の開催中、インタビューの場でちょっとした問題提起をした。
「VR技術は伝統的な映画を衰退させる可能性がある」
そんな意味のことを言ったのである。
映画監督がスタッフとともに画面構成を考え、俳優の渾身の演技を撮影する。
しかし、観客はその演技を見ない可能性がある。ヘッドセットを付けてVR映画を「鑑賞」するとき、観客は映画の空間のまっただ中に入り、周囲360度を自由に見回すことができるからだ。
俳優に背を向けて――つまり俳優が演じ、監督が伝えたいことに背を向けてしまうことも考えられる。
それでは映画の芸術性が失われてしまうのではないか。スピルバーグはそのように考えたのだ。
俳優たちはどうだろう?
やはり、スピルバーグのように考えているのだろうか。
背を向けられる当事者になる可能性があるだけに、「VR映画」には否定的な意見が多いのだろうか。
――少なくとも、アメリカで映画、演劇、テレビドラマの俳優として活躍するケヴィン・スペイシーの目に、VRは歓迎すべきテクノロジーとして映ったようである。
ケヴィン・スペイシー、名優として大活躍!
戦慄すべき犯罪をスタイリッシュに描く「現代サイコスリラー」の基礎を築いた『セブン』(1995)において、衝撃的すぎるクライマックスに登場した男――そんな印象を持っている人も多いであろうアメリカの俳優ケヴィン・スペイシー。
1980年代半ばに映画界に登場して以来、その優しげでありながら見ようによってはキケンな匂いのする顔立ちと、見事な演技力で映画ファンを魅了してきた名優である。
1999年、アメリカの中流家庭の崩壊と中年の危機を迎えた男の死をユーモラスに、哀切をこめて美しく描いた『アメリカン・ビューティー』では主演をつとめ、その年のアカデミー主演男優賞を獲得した。
このように、サイコスリラーからヒューマンドラマまで、あるいは死刑制度について問うた『ライフ・オブ・デヴィッド・ゲイル』(2003)のような社会派作品から、『スーパーマン リターンズ』(2006)のようなヒーロー映画まで、幅広い作品に出演している。
映画だけでなく演劇の世界でも活躍し、1991年にブロードウェイで上演された「ロスト・イン・ヨンカーズ」では権威ある演劇賞のトニー賞を受賞している。
また、近年はテレビドラマ『ハウス・オブ・カード』(2013~)の強烈な政治家役でも知られ、2014年にはゴールデングローブ賞の「テレビの部」で主演男優賞を受賞した。
スペイシー、VR会社に投資
と、このように俳優として八面六臂の活躍を見せるスペイシーだが、一方で長い歴史を持つロンドンの劇場、オールド・ヴィック・シアターの芸術監督をつとめ、1994年からは映画の監督業、プロデューサー業にも手を伸ばしている。
そんなケヴィン・スペイシーがVR会社「WoofbertVR」へ投資を行っていることがわかったのは、2015年のことだった。
この会社はVR空間内でロンドンのコートールド美術館の館内を再現し、展示されているモネ、ルノワールといった画家たちの作品の鑑賞を「体験」できるアプリを開発している。
ケヴィン・スペイシーはVRの可能性を高く買っており、「このテクノロジーは観客の『共感』を生み出せる」という言葉で称賛している。映画のみならずさまざまな現場で活用できるとし、「観劇のために使えるといいね」という意味のことを言っている。
映画俳優のみならず舞台俳優としてのキャリアも持つ人物ならではの意見だといえるだろう。
もちろん、このテクノロジーに注目し、投資までしているケヴィンのことだ。近い将来きっと、VR映画に出演してくれるに違いない。
そして、どんな役を演じるにせよ、彼が出演するVR映画の「体験」はとてもスリリングなものになる――これは間違いないのである。