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映画作家とVRのカンケイ:スティーブン・スピルバーグと映画の新技術

スピルバーグ2016年、世界三大映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭の会場で、スティーブン・スピルバーグはVRに対する思いを語った。それは決して、VRを「映画の新技術」として称賛するものではなかった……というニュースは映画祭が行われていた5月の段階で出ていたようなのだが、僕は恥ずかしながら最近知ったので、今回はこのニュースを追いかけてみようと思う。

VRは、ヘッドセットを付けた利用者がクリエイターの作り上げた空間の真ん中に降り立ち、異世界を体験できるという新しい映像テクノロジー。それは映画にとって、大きな進化のきっかけになるものであるに違いない。そう思っていた僕にとってはいささかびっくりするニュースだった。現存する「映画の神様」は、VRをどのように見たのだろうか?

現存する「映画の神様」、スピルバーグ

スピルバーグといえば、言うまでもなく現存する映画作家のなかでは最高峰と呼ぶべき存在で、数多くの作品を手がけている。
おそらく、誰もがひとつは彼の撮った映画を観ているはずだ。
優れた自然パニックであり、同時に最恐のホラー映画のひとつでもある『ジョーズ』(1975)をはじめ、CGを大胆に駆使して恐竜たちを完璧に再現し、特撮映画を変えた『ジュラシック・パーク』(1993)、あるいは徹底的な描写力で過酷な戦場を描ききり、それ以前と以後では戦争映画がまったく変わってしまった『プライベート・ライアン』(1998)など……どの作品も、映画史に燦然と輝く傑作ばかりだ。
スペクタクル映画ばかりでなく、『シンドラーのリスト』(1993)や『リンカーン』(2012)など、歴史に材をとった渋い作品の作り手でもある。

ジョーズ
そんな「映画の神様」は、2016年、やわらかな陽光がふりそそぐカンヌの会場でVRについて以下のようなことを語ったという。
「VRは昔ながらの映画にとっては、危険な『新技術』になるかもしれない」

少し補足しよう。
映画とは目の前にある四角く区切られたスクリーンのなかに、監督とカメラマンが選んだ風景を描き、物語を語る芸術である。観客に見せたい風景は監督が選ぶし、見せ方はカメラマンが決める。
一方VRは、観客となる僕たちが360度どこでも目を向けることができる。
監督やカメラマンが演出やカメラを通して伝えたい風景や物語とは別のところに、僕たちは目を向けてしまうかもしれない。
それでは、映画の作り手は伝えたいことを上手く伝えられないということではないか。
また、観客側も、彼らのメッセージに感動するということができなくなるのではないか。
……このようなことを、おそらくスピルバーグは言いたかったのだと思う。このニュースについて伝えている記事の多くも、そういう意見だ。
確かに!

映画ファンとしてちょっぴり反省……。

僕は映画が好きで、敬愛する監督やカメラマンがたくさんいる。そんな人たちが作った映画を観るとき、僕は彼らが提示する圧倒的な風景に、そのメッセージに感動する。
確かにスピルバーグが言うように、VRはそのときの感動を揺るがしてしまう可能性がある……かもしれない。

VRが登場して以来――特にPSVRが発売されて以来、僕は少々浮かれすぎていた。
これで映画は大きく変わるぞ!と。
詳しくどう変わるかはわからないけど、とにかく変わるに違いない、と。
もしかしたらスピルバーグの言うことが当たれば、必ずしも未来はバラ色というわけじゃないかもしれない。
ちょっと反省。

しかし監督、VRコンテンツの制作には乗り気のようです

snap12461ただし、スピルバーグは何も頑固オヤジみたいに頭ごなしに「新技術」を否定しているわけじゃないようだ。
何しろ、これまでにも斬新な表現を駆使して、また当時は新しかった技術を柔軟に取り入れて、映画史を塗り替えてきた監督なのだ。

実際、2016年現在『ゲーム・ウォーズ』という映画作品のプロジェクトがスピルバーグを監督に迎えて進行中だという。
主人公が仮想現実の世界でアクション満載のゲームに挑むという、かなり「VR的」な作品らしい。
また、スピルバーグは「VRC」というVRコンテンツ開発を手がける会社にアドバイザーとして参加していて、彼が主体になってファミリー用のVRコンテンツを作る計画もあるという情報もある。

何だ、スティーブン。VRがキライってわけじゃないんだ。ちょっと安心したよ。