VR元年(2016年)1月、第32回サンダンス映画祭がアメリカで開催された。
この映画祭で話題を呼んだ作品のひとつに、5分間のVR短編映画『Giant』があった。Milica Zecというセルビア生まれのクリエイターが制作した作品で、ユーゴ紛争の戦地となったセルビアで過ごすある家族の姿が描かれた作品だった。
Zec監督自身の経験が反映されているというこの作品は、観る(体験する)人にあらためて史上もっとも悲惨な紛争のひとつだったユーゴ紛争の悲惨さを意識させた。
監督の意図もそこにあったという。映画祭中に発言を求められた監督は、「VRでセルビアの体験を映像化できたことには意義があった」という意味のことを語っている。「今、世界中で起こっている紛争の現実を、肌で感じられる作品になっています」
サンダンス映画祭の「ニュー・フロンティア」プログラム
そしてまた、サンダンス映画祭の季節がやってくる。
毎年1月に開催されるこの映画祭は、インデペンデント系の映画――大手の映画会社が関わっていない映画を中心に、世界中から作品を募集している。1969年、『明日に向って撃て!』で世界的なスターとして登場した俳優のロバート・レッドフォードが設立した映画祭で、その名は『明日に向って…』でレッドフォードが演じたガンマン「サンダンス・キッド」に由来する。
レッドフォードは俳優として、また繊細な描写で人間ドラマを描く映画の監督としても知られ、映画の発展――特に若い作家や新しい技術による発展をサポートする意味で、映画祭の主催を始めた。
彼の意図を汲み、映画祭は映画監督を目指す人にとっては登竜門のひとつとなっている。
実際、たとえば映画ファンからの絶大な信頼を得ているクエンティン・タランティーノは、壮絶なバイオレンス映画『レザボア・ドッグス』(1991)がサンダンス映画祭で上映されたことで、世界的な名声を得るきっかけを得た。
「映画の発展」をテーマのひとつとするサンダンス映画祭では、映画と、その発展に寄与するであろうテクノロジーとの関わりを考えるためのプログラム「ニュー・フロンティア」の開催を2006年から開始。
VRが取り上げられるようになったのは、2015年からのことだ。
そして2016年、VR映画『Giant』はこのプログラム内で「上映」され、観客の支持を集めた作品となった。
2017年のサンダンス映画祭でも、VRコンテンツの展示が決定
VR2年となる2017年、「ニュー・フロンティア」プログラムでは20個のVRコンテンツ展示が行われることが発表されている(2016年12月現在)。
たとえば『Life of Us』というコンテンツでは、体験者はUs(私たち)――つまり「地球の生物」の進化を体験することができる。かなり神秘的なコンテンツになる予感がある。
あるいは、『Melting Ice』は、地上で最北の地であるグリーンランドにおける氷河の決壊、海面上昇など、環境の激しい変化によって起こる現象を間近で体験できる作品になるようだ。
今回、これらの作品が展示されるプログラムのテーマは、単純な「映画の発展」にとどまらないものになるようだ。プログラムを取りしきるShari Frilot氏は、「『人間とは何か』を今一度より深く考えるための、VRをはじめとするテクノロジーの活用」がテーマになっていることを表明している。
「生命の軌跡」や「環境問題」といった、人間の存在や現代の重大問題をテーマにした作品が多いのも、そのためだろう。
個人的には『Life of Us』が気になる。さすがに今回、現地に渡って体験するわけにはいかないけれど、いつか体験してみたいと思えるコンテンツだ。
ちなみに、2016年に『Giant』を発表したMilica Zecの新作も展示されることが決まっている。
タイトルは『Tree』。VRヘッドセットを装着した人は、熱帯雨林の1本の樹木として芽吹き、育っていく経験をすることができるという。これもまた、「人間とは何か」をVRで問い直す今回の「ニュー・フロンティア」のテーマに合ったコンテンツだといえるだろう。