VR元年の今年(2016年)、ゲーマーのおじさんたちや映画好きの僕を喜ばせるVRコンテンツが数多く発表されてきた。
とりわけ僕が興味を惹かれたのは、この映像に革新をもたらすテクノロジーを映画作家たちがどのように受け止めてきたか、このテクノロジーは映画とどのようにして溶け合うか、ということだったけれど、ゲーマーの人たちにとってVRとは、たとえば「FPSゲーム(一人称視点のシューティングゲーム)の可能性を広げるテクノロジー」かもしれない。
あるいは、世の中のお母さんや子どもたちにとっては、教育に役立つテクノロジーかもしれない。
このVR映画は「絵本」にとって代わる存在になるのかもしれない
2016年11月現在、イギリスの国営放送局BBCは『The Turning Forest』というVR映画を制作した。この作品は神話や民話、要するに「昔話」をモチーフにした短編映画のようだ。
インターネット上では、この作品の予告編を見ることができる。
暗い空間に少年の影が現れ、木の葉らしきものが舞い散る中、カメラがグーッと引くと実はその暗い空間は何かナゾの動物の目であり、少年の影はその目に移り込んでいたものだったことがわかる、という映像だ。
どことなくユーモラスな雰囲気のあるナゾの動物と少年とが、どのように関わり、そして物語がどんな昔話へといざなってくれるのか――大人の僕でもワクワクする予告編だ。
このVR映画は、いわば今までの「絵本」にとって代わる存在になるのかもしれない。僕もそうだったけれど、昔話の絵本で初めて「物語」に触れ、その後の人格形成の基礎がつくられたという人は多いだろう。
今はまだ、たとえば「PSVRは一家に一台」という感じではない。けれど、近い将来にはそうなる可能性がある。どの家にも本棚があり、そこに絵本が並んでいたように、VR装置があり、VR映画が見られるという環境ができるかもしれない。
『The Turning Forest』のようなVR映画が、次世代の「絵本」として子どもたちの教育に役立つ――そんな時代が来るのかもしれない。
良質なVR映画に違いない。
『The Turning Forest』の制作を行ったBBCといえば、日本でいうNHKのような放送局だ。
最近では「放送で国歌を流すべきだ」と居丈高に要求してきた議員の声にこたえて、国歌とタイトルは同じだが、中身はまったく違うパンクソングであるセックス・ピストルズの「God save the queen」の音源を放送して賛否両論を巻き起こしたことでも記憶に新しい。
ピリ辛の皮肉が効いた、(個人的には見事な)返しだったが、BBCは昔から単なる公共放送にとどまらない放送局として知られている。
1960~1970年代、ブリティッシュ・ロックの全盛期には盛んに音楽番組を放送してポップカルチャーを支えたり、現在に至るまで良質なテレビドラマを何本も制作したりと、創意工夫に富んだ番組作りを行ってきた放送局だ。
ドラマ作品としては数十年の長きにわたって愛され続け、今も新シーズンが制作されている『ドクター・フー』(1963~)で知られ、最近ではおなじみのシャーロック・ホームズの物語を大胆に現代風にアレンジした『SHERLOCK』(2010~)もヒットしている。
いずれも、ストーリーはもちろん美術や演出など細部にもこだわった丁寧な仕事が特徴である。
そんな作品を世に送り出しているBBCが手がけた『The Turning Forest』も、やはり良質な作品になるに違いない。この作品はDaydream ViewというVR装置向けに、11月から無料配信が行われるという。