僕はふだんあまりマンガを読まないけれど、だからといってまったく読まないわけではない。
たとえば2012年、クリストファー・ノーラン監督×クリスチャン・ベール主演で世界中を熱狂させた「ダークナイト3部作」の最新作である『ダークナイト・ライジング』が公開された当時、僕はDCコミックスが出した分厚いグラフィック・ノベル『ダークナイト・リターンズ』を買って読んだ。
映画にもなった『300〈スリーハンドレッド〉』や『シン・シティ』の作者としても知られるフランク・ミラーが1986年に発表したこの作品は、老いたバットマンが再生にいたる物語をとことんダークに、ハードボイルドに、不穏な空気いっぱいの色調で表現したものだった。
クリストファー・ノーランは『バットマン・ビギンズ』(2005)の監督を任されることになったとき、このグラフィック・ノベルを読み込んだという。
「ダークナイト3部作」、特に宿敵ジョーカーが登場して映画ファンの心をわしづかみにした2作目の『ダークナイト』(2009)の作中に満ちた陰惨なムードや苦さの根は、このグラフィック・ノベルにあると言ってもいいだろう。
ノーランがプロデュースに回り、監督を映画版『300〈スリーハンドレッド〉』(2007)を手がけたザック・スナイダーがつとめた『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』(2013)には、ところどころグラフィック・ノベル『ダークナイト・リターンズ』のコマをそのまま映画化したシーンがある。
現代的なバットマンを生み出したクリエイターたちに、大きな影響を与えた作品なのだ。
ところで、長くなっちゃったが今回の主人公はフランク・ミラーではなく、クリストファー・ノーランでもない。
『ダークナイト・リターンズ』を境に、明朗快活なヒーローアクションだけでなく現実の政治問題や暗い狂気を反映したコミックスを続々販売するようになった出版社DCコミックスと、VRコンテンツ制作を手がける会社Madefireだ。
MadefireとDCコミックスが提携して「VRコミック」なるモノをリリースしているのである。
「立体マンガ」をきわめたVRコミック
Madefireが発表したのは、スマホでVRを体感できるヘッドセットGear VR向けのコンテンツである。
ヘッドセットを付けてコミックの鑑賞を始めると、目線の動きでコマを追ったり、ページをめくったりすることができる。セリフの吹き出しが次々と出て、今のコマに次のコマが重ねられて物語が展開していく。効果音が出るときには、一緒に音声も出る。
アメリカのコミックスやグラフィック・ノベルは「動き」を重視する日本のマンガと微妙に異なり、ひとコマずつ精緻な絵画のように仕上げられるという特徴がある。
そのため、日本のマンガに慣れた僕たちから見るとどうしても、ちょっとばかり鈍重に見えてしまうきらいがある。
しかし、眼前にその精緻な絵画のようなグラフィックが広がり、豊富な動きやサウンドがついてくるVRコミックを体感するとき、僕たちの頭からそんな印象は消えてしまうだろう。
ひとつのコマのなかで、事物が自在な動きを見せる。アクションシーンでは背景から人物や効果音が浮き上がり、立体的で重層的な一瞬を体験できる。
動きがないアメリカ産のコミックやグラフィック・ノベル――「VRコミック」は、僕たちの目から見えるそんな欠点を補い、進化させてくれるものといえるかもしれない。
ちなみに、現在Madefireは1,000以上のコミックスをVR化しようと計画しているところだという。
現在体感できる作品としては、バットマンやスーパーマンをはじめとしたDCコミックスのヒーローたちが苛烈な戦いを繰り広げるハードなSF作品『Injustice:Year One』や、車がロボットに変身することで有名な「トランスフォーマー」シリーズから生まれた作品『Revolution』などがある。