これまで、VRと映画の関係は多くの場合「新作映画のプロモーションの一環でVRコンテンツが制作される」というものだった。
たとえば2015年、ヒットを記録したアドベンチャー映画『オデッセイ』のVRコンテンツが2016年に公開された。火星に取り残された映画の主人公、ワトニー博士(演:マット・デイモン)の視点で映画内の世界を体験できるというものだ。
このように、「映画の世界を体験する」ということを目的とするVRコンテンツが制作されること――それが、少なくともVR元年(2016年)におけるVRと映画の関係だった。
2016年には、今年公開予定の『アサシンクリード』の世界を経験できるコンテンツが発表されたし、『スター・ウォーズ ローグワン』関係ではVRゲームというカタチで発表され、映画の期待感を大いに高めてくれた。
このあとも続々と、新作映画の公開に合わせて、その映画のプロモーションを目的のひとつとするVRコンテンツが制作されるはずだ。
たとえば映画監督リドリー・スコットについて、監督をつとめる『エイリアン:コヴナント』とプロデューサーをつとめる『ブレードランナー2049』のVRコンテンツに関わることが発表されている。いずれの作品も、今年公開予定だ。
そんな状況を一新させるかもしれないプロジェクトが、現在鋭意進行中である――そんなニュースが飛び込んできた。VRを映画のプロモーションとして利用するのではなく、ついにVRで映画そのものを作ってしまおうというプロジェクトが、実は2016年に始まっていたのである。
この「完全VR映画」は、2017年下半期の公開を予定して、すでに撮影自体は終えているという。
ポストプロダクション(編集や整音、CG関係の仕上げ作業)を残すのみであるというのだ。
タイトルは『NanoEden』、監督はブラジル出身の新鋭Daniel Bydlowski氏である。
VRで“物語を描く”ことを志向した長編映画
『NanoEden』――直訳すると「10億分の1の楽園」だが、映画の内容はSFであるようだ。
といっても宇宙船が飛んだりレーザーガンを持った人たちが戦争をしたり、そういう内容のSFではらしい。
SF的な道具立てを背景に、人間ドラマを描く作品になりそうである。
そのような作品は少なくない。
近年の映画では、人間のクローン技術が発達した世界で残酷な運命を生きる若者たちの姿を静かな筆致で描いた『わたしを離さないで』(2010)などがある。
『NanoEden』の主人公は、若い夫婦のピーターとハリエット。2人が暮らす世界には、人間の意識をコンピュータにアップロードすることができるテクノロジーがあり、若い夫婦は死後にそのテクノロジーを活用する契約を(おそらくそのテクノロジーを開発した企業か何かと)交わす――。
そこから展開する物語になるという。
何しろポストプロダクションまっただ中ということで、映画のヴィジュアル的なものは何も公開されていないが、映画の世界に没入できるVRというテクノロジーを活かした映像が見られるに違いない。
コンピュータに意識がアップロードされたとき、周囲に見える景色はどのようなものなのか――監督をつとめるDaniel Bydlowski氏のセンスが問われるが、「我々は世界初の“VR映画”の撮影を終了させました」と自信たっぷりに語る監督のことだ。きっと僕らの度肝を抜く映像が全編にわたって展開するに違いない。
しかし同時に、監督は、この映画をテクノロジーのすごさをひけらかすビックリ映画というよりは、昔ながらの映画のように観られるように作りたかった、という。
すなわち、ある程度の長さを持ち、観客がストーリーを追いかけ、主人公のたどる運命をハラハラしながら見守り、ストーリーが内包するメッセージや教訓をうけとる――そんな映画体験だ。
「この映画は、VRでストーリーを伝える方法を追求するために撮影しました」と、監督は言う。
「多くの映画監督、プロデューサーなどの作り手たちが“VR映画”に取り組めるような仕組みを作ることも、目的のひとつです」とも語っている。
また、Daniel Bydlowski氏にとっては、最近の映画ファンがポケットサイズのスマホなどを使って映画を観ていることも憂慮すべき事態だったようで、
「VRにはスマホの小さなディスプレイを使った映画鑑賞では絶対に得られない没入感をもたらします。観客に、より映画ならではのスケール感でストーリーを感じてもらえるでしょう」
そんな意味のことも言っている。
『NanoEden』は、VR映画のさきがけになるだろうか?