近年、日本では特に『SHERLOCK』(2010~)などのテレビドラマの制作で知られているイギリスの公共放送局、BBCが短編VR映画を制作、このほど無料公開を開始した。
タイトルは『We Wait』、内容はトルコからヨーロッパへの渡航を試みるシリア難民の姿を描くものだという。
政情が不安定な中東諸国のなかでも、特に激しい内戦が今この瞬間も続いているシリア・アラブ共和国からは、多くの難民がヨーロッパ各国やアメリカに渡っている――ニュースなどでこれを報道するニュースに触れている人は多いだろう。特にここ数年はISILの登場、彼らの暴虐によって混乱が激化していることもあり、国際的な関心はより高まっている。
「難民を受け入れるか否か」はさまざまな国で議論を呼び、各国の対応が話題を呼んでいる。
BBCが発表した『We Wait』は、そういう意味ではタイムリーなテーマを扱った作品であるといえるだろう。
制作の指揮をとったのはBBCの報道部門である「BBC News」であり、彼らが取材によって得た実際の難民たちの話が、映画のストーリーには盛り込まれているという。
とはいえ、現実に今ある問題、しかも危険をくぐりぬけ、戦火をあとにして安全な国へ――というリアルでスリリングな題材をVRという没入度がきわめて高いスタイルで作品化しているとなると、人によっては「生々しすぎて耐えられないかも……?」などと思ってしまうかもしれない。
あえてアニメで描かれるリアルな物語
しかし、その点で心配し過ぎる必要はないようだ。
今回、BBCが発表した作品『We Wait』は3DCGアニメ作品なのである。生身の俳優が演じるドラマとは違うので、目をそむけたくなるような生々しさに接する、ということはないようだ。
現実の問題を、あまりに現実感があり過ぎるゆえにアニメの技術を使って作品化する――これは、実はそれほど珍しいアイディアではない。
イスラエルの映画作家アリ・フォルマンが2008年に発表し、世界的に高い評価を得た『戦場でワルツを』は、イスラエル軍の一員としてレバノン内戦に参加したフォルマン自身の体験が、アニメで表現された。
『We Wait』で実際にアニメーションを制作したのは、これまで数々のクレイアニメの作品を世に送り出してきたイギリスの制作スタジオ「アードマン」。
粘土などを使ってキャラクターを造形し、少しずつ動かしては撮影していく「コマ撮り」によって、『ウォレスとグルミット』シリーズなどの作品を生み出している。人や物の動きを精巧に再現し、ユーモラスに味つけをした数々の作品は世界じゅうでヒットし、日本でもテレビ放映された。
僕は発明家のウォレス氏と飼い犬(でも実はウォレス氏よりしっかりしている頼りになる相棒)のグルミットが月に飛び、美味しいチーズを探す『チーズ・ホリデー』(1989)という作品をよく覚えている。作品のなかで、月はチーズで出来ているのである!キャラクターがチャーミングで、彼らの動きがユーモラスで、ストーリーはファンタジックでリリカルな、楽しい作品だった。
これを踏まえて、あらためて『We Wait』の予告編をYouTubeで観てみると、確かに3DCGアニメではあるけれど、見た目は確かにどことなくチャーミングだし、ユーモラスな匂いすらある。
しかしやはり、テーマがテーマだし、予告編でも充分に本編で描かれる緊張感や不安感が伝わってくる。
観客は難民たちのまっただ中に、そのうちのひとりとして置かれる。周囲360度を取り囲むシリアスな空気に思わずのまれそうになる作品になるだろう。
『We Wait』は、Oculus Rift向けに現在無料で公開中である。