2016年12月現在、僕たち日本の映画ファンは、中国の巨匠チャン・イーモウ監督の最新作『長城』に出会えるまで4ヶ月、という時期にいる。2017年4月の公開が発表されたのは今月に入ってからで、すでに動画投稿サイトでは英語の予告編を観ることができる。
タイトルが長城であることからして、舞台が秦・始皇帝時代に国の守りとして築かれた万里の長城であることは明らかだが、その重厚な響きのタイトルとは相反して、どうやらアクションファンタジー超大作になるようだ。
主演は今やハリウッドで引っ張りだこのマット・デイモン。予告編を観ると、マットが中国式の鎧を身につけて万里の長城を駆けまわり、飛びまわり、火を噴く怪物たちと壮絶に戦う様子が描かれている。

朴訥とした美しい中国の田舎を舞台に、激動の時代のなかで花ひらいたみずみずしい恋と青春を郷愁たっぷりに描いた『初恋のきた道』(1999)で「抒情派」的な作家として注目された当時の姿からは、想像できないような変化だ。
現在ブルーレイで観ることができる2014年の『妻への旅路』は、文化大革命を背景に、ある一組の夫婦がたどる悲喜劇を美しく丹精込めて描いた人間ドラマの傑作だった。それが今回、180度毛色の違うアクションファンタジー超大作なのだ……。
実は最新技術に興味津々!チャン・イーモウのフィルモグラフィ
しかし、彼のフィルモグラフィを丁寧に追っていると、抒情的にドラマを撮りあげることに拘泥することなく、実は最新の技術を取り入れた作品の数々も撮っていることがわかる。
たとえば、『マトリックス』(1999)や『グリーン・デスティニー』(2000)で映画に「ワイヤーアクション」が取り入れられると見るや、ジェット・リーやドニー・イェンといった肉体派の俳優たちが秘術を尽くして戦う物語を、ワイヤーアクションを大胆に取り入れて撮影した『HERO』(2002)や『LOVERS』(2004)を監督している。
また、『HERO』や2006年の『王妃の紋章』では、リアルさよりも美しさを優先して色にこだわり、その色彩感覚の豊かさが評価された。

――と、このような経歴を経て、映像技術へのこだわりや芸術性が認められて、2008年には北京オリンピックの開会式・閉会式の総合演出を手がけたことも、話題を呼んだ。
というわけで、チャン・イーモウは抒情派であり、同時に最新技術を大胆に、貪欲に取り入れる柔軟性を持つ映画監督なのだ。
そんな監督が今回、最新のCGIを駆使する最新作『長城』を発表し、さらにとある筋から仕入れた情報によると、「『長城』にはVRのテクノロジーを活用するつもりがある」という言葉がチャン監督の口から出たらしい。時は2016年11月15日、場所は「当紅斉天」なる会社が主催した記者会見場である。
チャン監督が設立!VR関係の会社「当紅斉天」
「当紅斉天」という会社は、なんとチャン・イーモウ監督自らが設立者として立ち上げた会社で、その事業はVRに関するものだという。
「映像」というものに、大きな変化を与えるだろうとされているVR――かつて無声映画に音がつき、モノクロ映画に色がついたときとは比べものにならないほどの変化がもたらされるだろうと考えられているVR。
このVRに関しては、これまで、さまざまな映画監督がそれぞれの態度を明らかにしてきた。
近年、2年連続でアカデミー監督賞を受賞しているアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥや、ハリウッドきっての「映像派」として知られるリドリー・スコットは積極的にVR作品の制作に乗り出し、現代映画界最大の巨匠であるスティーブン・スピルバーグはVR制作に関わりつつも、「VRは伝統的な映画を破壊する可能性がある」ということでちょっとした警鐘を鳴らしている。現在日本を舞台にした映画『沈黙 ーサイレンスー』の公開が待たれているマーティン・スコセッシ監督は、「VRは若い人に任せる」と冗談まじりに表明した。
チャン・イーモウの態度は完全にイニャリトゥやリドリー・スコットに通じるものであり、VRに関するインタビューなどで彼の言葉を拾ってみると、むしろここに挙げた誰よりも並々ならぬ関心を持っているような印象もある。
チャン監督はこんな意味のことを言っている、「多くの『伝統』は更新されている、私たちの生活がスマートフォンの登場によって大きく変わったように。VRが実現する仮想世界は、これから私たちの生活に欠かせないものになるだろう」

来年の4月に日本で公開される『長城』がVRとどうかかわるのか、まだ明らかになっていないが、チャン・イーモウなら見事に取り入れてくれるに違いない。